角田がトスト代表の惜別に、最高の贈り物をした最終戦

トスト代表との写真をあしらった、最終戦用の角田のヘルメット

近年では珍しく引退ドライバーや離脱組がいない最終戦アブダビGP。「惜別」という意味ではアルファタウリ代表を勇退するフランツ・トスト氏が主役となった。そしてトスト氏を敬愛する角田裕毅は、去り行く師に最高のはなむけを贈った。

(※なお、ドライバーの引退も、移籍も、新人採用もまったくないシーズンオフは史上初だそうだ)

世界の視聴者が認めた角田の力走

今週末は8位に入った角田裕毅の力走がハイライトだった。

予選を自己最高の6位で通過すると、決勝では1ストップ作戦を敢行。2ストップ作戦を採用する上位勢がレース序盤にピットに入ると、18周目から22周目にかけて自身初のラップリーダーとなった(日本人では2004年欧州GPの佐藤琢磨以来)。

レース後半は2ストップでタイヤの履歴が浅い、マクラーレン勢やアロンソらに抜かれる一方となった。しかし、決して無理な抵抗をせず、タイヤを持たせる耐えた走りに徹した。

56周目、アロンソに7位の座を明け渡す

それでも8位を争うハミルトンに最終ラップの9コーナー入り口で一時前に出られたものの、相手がはらんだすきに抜き返す技を見せた。

今季の角田はメキシコGPでのピアストリとの接触スピンなど、要所で忍耐が途切れる場面があった。しかし最終戦では、2ストップ勢のドライバーですらタイヤの摩耗に苦しむなか、ミディアムで22周、ハードで36周を走る冷静さが目立った。

上図は角田のラップタイムだ。他のドライバーとの比較はできていないが、いかに一定のペースを保っているかが分かる。レース後半、マクラーレン勢やアロンソに抜かれた際にタイムの落ちはあるが、それ以外は(ごくわずかに右肩上がりの)直線のような推移を描いている。

これまでの角田はベルギーGPのスタート後のように集団をかき分ける走りや、同じくベルギーGPのオコンとの攻防のようなギリギリのバトルが魅力だった。今回のアブダビでは彼の新しい一面を見た気がする。

レースファンも角田の走りを見ており、初のドライバー・オブ・ザ・デイに選出した。

ドライバー・オブ・ザ・デイを獲得した角田。
カッコよく、センスいいデザイン

しかしながら、チーム争いでアルファタウリはウィリアムズに3点及ばず、ランキング8位にとどまった。

嫌味な言い方で申し訳ないが、この3点はメキシコの1コーナーで失ったポイントだ。来年、角田が今日のような走りを続けられたら、この埋め合わせ以上の大きな成果を得られるに違いない、

レッドブル、ついにマクラーレン・ホンダを超える新記録

フェルスタッペンが最終戦も勝利で締め、22戦で19勝。年間勝率は86.3%に達した。

(※シーズンは全23戦の予定だったが、イタリア北部の集中豪雨により第6戦のエミリア・ロマーニャGPが中止となり、年間22レースだった)

花火を背景にドーナツターンを決めるフェルスタッペン

レッドブル・ホンダRBPTは22戦21勝で、ついに88年マクラーレン・ホンダの16戦15勝と同じ「年間1敗」を達成し、勝率も95.5%の新記録を樹立した(88年の勝率は93.8%)。

2000年代のフェラーリ、2014年以降のメルセデスでも達成できなかった金字塔を、レッドブルがついに超えた。参戦形態は異なるとはいえ、ホンダの記録を破ったのはホンダの技術のパワーユニットだった、ということは感慨深い。

チームと喜びを分かち合うフェルスタッペン

「俯瞰できる」視点を持つフェルスタッペンとルクレール

レースの1周目、ポールから順当に1コーナーを通過したフェルスタッペンに、2位のルクレールがチャージし、激しいバトルを演じた。

しかし、フェルスタッペンが1周を守りきると、2人ともタイヤを温存する安全運転に。最初のタイヤ交換までの2台は1秒半程度のギャップでつかず離れずの位置関係だったが、タイヤ交換後は徐々にフェルスタッペンが引き離した。

1周目、フェルスタッペンとルクレールが激しい攻防をみせる

両者を見ていて感じるのはレースを見渡す能力の高さだ。

2回目のタイヤ交換を控えるフェルスタッペンは、自身のタイヤのライフに余裕があることと、後方からペレスが追い上げていることを察知し、「タイヤ交換はチェコを優先していい」とチームに無線を出した。

ルクレールはレース最終盤、フェラーリとメルセデスのチームタイトル2位争いが僅差であることと、ラッセルを抜いて3位に上がったペレスが5秒ペナルティを受けてラッセルに順位を明け渡しかねないことを察知した。

ラッセルが表彰台を取り返した場合、フェラーリのランキング2位奪取は極めて困難となる。

「ペレスがラッセルを引き離すのを助けよう」と、チームに提案するルクレール

チームから特に促されるわけでもなく、ルクレールが率先して「ペレスまでバックオフしてトゥを与え、ペレスがラッセルに5秒差をつけられるよう助けよう」と提案した。ラッセルが表彰台を逃せば、得られる得点が3点少なくなるからだ。

ルクレールはトゥを与えるだけでなく、最終周にペレスを前に出し、ラッセルとの差を広げさせる頭脳プレーを見せた。

最終的にペレスが5秒ペナルティを埋め合わせて表彰台に立つには1.1秒足らず、もくろみは実現しなかった。仮にペレス3位でもハミルトンが9位に入っているため、チームランキング2位奪取には1点足らなかった。

しかし、コースを走りながらここまで考えられるのは驚きだ。そもそもチームタイトル2位なんてチームが気にすることで、ドライバーに考えさせることではない。

フェラーリの最も有能なストラテジストは、ルクレールに違いない。

(※個人的には、「チャンピオン以外は全部一緒」「シーズン後の表彰セレモニーに出なくてすむならランキング3位だってくれてやる」的なドライバーの方が好きだ)

「2002年型」となったシーズン、来年は「03年型」か、それとも。。。?

開幕戦後のレポートで「今年は2002年型シーズンに?」との感想を書いたが、本当にその構図が最終戦まで続くとは夢にも思わなかった。

しかし、シーズンが「退屈だった」との印象は抱かなった。42歳のアロンソが大活躍し、ハミルトンも7冠王者としての存在感を見せつけ、ルクレール、ノリス、ピアストリらが活躍し、浮き沈みがありながらも角田が成長をみせたことが要因であることは疑いない。

今年、何度も表彰台に上がり、シーズンを盛り上げたアロンソ

さて、仮に「2002年型」となった23年の翌年が「2003年型」になるとしたら、どのような戦いになるのだろうか?

02年は最強王者・シューマッハの独走に終わったが、03年は「01年デビュー組」のライコネン、モントーヤ、アロンソがいよいよ頭角を現し、シューマッハを失冠寸前にまで追い込んだ。

歴史が繰り返されるなら、来年はノリス、ピアストリ、ラッセルらが王座争いに絡むのだろうか?

2003年ハンガリーで初優勝したアロンソ。24年が「2003年型」になるとしたら、アロンソの復活優勝もあるのか?

それとも「タイトル連覇が『3連覇どまり』で終わった事例はなく、シューマッハ、ファンジオ、ベッテルのように4連覇以上が続く」というジンクスが生きる形で、フェルスタッペンの戴冠が続くのだろうか?

約100日後の24年シーズン開幕を待ちたい。


(筆者より)

今年1年、観戦記をご覧いただきありがとうございます。折に触れてコラムを書くかもしれませんが、観戦記はいったん終わりにします。去年はマイアミGPのみ欠けましたが、今年は全戦で感想を残せたのは達成感がありました。少し早いですが、よいお年をお過ごしください。

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